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2007年11月のことば

朝夕の冷え込みを感じる季節になってきました。この季節になりますと、十年ほど前に暮らしていたベルリンを思い出します。あの頃は、まだドイツ統一から日も浅く、旧東ベルリン地区に住んでいましたので、ときどき、旧体制の絶望的な冷たさを肌身に感じる気がしました。殺風景な町並み、銃弾の痕だらけの建物の壁、ぼろぼろの中でひっそりと営まれる暮らしに触れたときなどです。しかしそれでも、子どもには人間らしい暮らしをさせてやれるという両親の喜びや、少しずつ明るくなっていく町並みに接しますと、解放を心から寿ぐ気持ちにもなりました。 もうそれから十年ほどが経ちます。ベルリンの壁があった時代は、気が付くと、あっさり思い出せなくなるほど遠くなりました。すでに大学生たちでさえ、ベルリンの壁の破られた瞬間を、過去の歴史としてしか知りません。こうして事件は過去となり、忘れ去られていってしまうのでしょうか。もちろん、新しい問題は次々と起こり、それに取り組んでいかないといけません。それでも、ときどきは昔を思い出して、二度と繰り返してはいけないものを確認していかねばならないのではないかと思います。

 朝夕の冷え込みを感じる季節になると、こんなことを考えます。これが私にとっての、寒さを覚える記憶なのです。

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