top of page

2007年9月のことば 

2007年9月1日
読了時間: 1分

更新日:2025年2月15日

この夏は、昔の京都の哲学者たちの本を読んで過ぎました。東洋とか仏教という言葉が活きているのが、何だか別世界からの声のように響いてきて、落ち着きの悪 さを感じてしまいました。もちろん、今も東洋的なものはありますし、京都に暮らしているだけに、至る所に仏教的なものもあります。しかしそれでも、それらはどこか遠くの風景に思われて、自分の身の中の落ち着きどころを持てなくしています。


 朝鮮半島も中国大陸も西洋化が進み、日本はますます西洋化が進み、東洋や仏教は本の中の昔語りになっていくのでしょうか。そうならない方が世界にとっておもしろいと思いますが、そうならないと言い切る自信も持てません。かと言って、昔のものを無理に復活させることもできないでしょう。となれば結局、前に進んで新しいものを、できる限り昔のものを活用しながら、作り出していくしかないように思います。でももしかしたら、こういうのが、東洋的なあきらめなのかもしれません。

関連記事

すべて表示
2019年12月のことば

十二月になって、さっそくばたばたしてしまいました。忙しい月の到来です。京都の朝 晩は冷え込みますが、昼間は意外なほど穏やかで、まだコートを使っていません。 とはいえ、間もなく本格的な冬の到来です。先月は平泉寺白山神社に行ってきました。...

 
 

​COPYRICHT(C)合同会社植村文庫 ALL RIGHTS RESERVED

bottom of page